17、ダメ人間の館・パームコーブ・リトリート

この人生最悪のボーイフレンドと知り合った宿「パームコーブ・リトリート(椰子の木の隠れ家)」には、そのラブリーな名前とは裏腹にその他多くのダメ人間がたむろしていた。

旅行者ではない。住所不定無職のオージーだ。若者からおじさんまで7人くらいの常宿者がいた。部屋代が払えない人は広い敷地にテントを張って安い間借り賃を払っていた。ちなみにこのおじさんは宿の誰とも口をきかず、“虫除け”と称してサラダ油を体中に塗りたくっている変人で、いろんな人生の理由はあるのだろうが気味悪がって誰も彼に近寄らなかった。その他ボート会社の社長だったとか言って、高級ボートの雑誌をめくっては作り話の武勇伝に酔いしれるおじさん、刺青まみれでマリファナにどっぷりと漬かっている青年。薬のやりすぎか、はたまた精神病か分らないけど発作で突然凶暴に荒れ狂う青年もいた。
夜中の2時すぎ、ものすごい奇声をあげて敷地中を駆けずり廻る彼を男連中総出でとりおさえ、まるでラグビーの試合を見ているようだった。あまりに荒れ狂うのでシャツが裂けた人や血を流す人までいた。客観的に眺めると我ながらすごい場所に身をおいていたもんだ。ところが私はこの発狂する人含め、そんな人たちと毎日トランプをしたり、英語のレッスンをしたりして仲良く過ごしていた。みな私のことを小さな女の子のようにとてもかわいがってくれた。

もちろん衝突した人もいる。理不尽なことをする人は許さない。ある日私が近くのビーチで服のままくつろいでいると、突然抱きかかえられそのまま海へ投げ込まれた。
宿に長期滞在してるオージーだった。彼はおおはしゃぎだったが、私はかなり怒っていた。そういう冗談は大嫌いなのである。おまけにズボンのポケットには携帯電話が入っていた。まんまと壊れた携帯、約100ドルを弁償するようにつめよった。彼は快く
「いいよ。弁償するよ」
と言ったきり、さっぱり返す気配はなく、そうこうしているうちに宿をでてしまった。金額よりも泣き寝入りすることの方が死ぬほど悔しく、私は彼の実家の番号を勝手に入手すると田舎の母に電話をかけた。
「お金を貸したのに返してくれない。おまけにマリファナを吸っている。みんなのものを盗んで困っている。悪い道に入りこんでしまっているらしい。彼を助けてあげてほしい」
と、偽善者ぶった告発電話を入れた。みんなのものを盗むのもホント。こいつは冷蔵庫のマーガリンと卵を盗む常習者だった。おまけに割った卵のなぜか殻をきちんとパックに戻すという奇妙なことをしていた。後で返す、というサインなのか。マーガリンもかたっぱしから盗まれるので、ついに宿の滞在者全員がマーガリンを使うのをあきらめたくらいだ。犯人が分っていても例の「ぼくらは助け合ってきた民族精神」で、彼はお金がないんだよ。と見逃されていた。私はオーストラリア人ではない。こいつらが助け合おうがなんだろうが、私には関係ないっ。
”自分のことは自分で守る”
彼に口座番号を教えてあるので、連絡があったら直ちに支払うように告げた。母親は電話の向こうで絶句していた。若者の間ではポピュラーなマリファナも田舎の親にとってはまるで都会に出した息子が覚醒剤にでもそまったかのごとく映るようだった。
たった100ドル。日本円にして8000円ほどだったけど、私は地獄の果てまでも追いかけてやるつもりだった。
そんな彼とケアンズの街角でばったりと鉢合わせたのはそれからまもなくだ。お互い宿をすでに出ていたので、もう連絡手段はなかった。公衆電話で電話していた私につかつかと歩みよってきた人物。あわてて電話を切る。彼は殴りかかりそうな勢いで
「母親に電話しただろっ!!!!!」
と通りの真ん中で大声で怒鳴った。皆が振り返った。クリスマスに彼が電話をすると、母親と祖母に電話口で泣かれたという。マリファナをやっていること。盗みをしたこと。お金のこと。ものすごい早口でまくし立てられたので何を言っているのかいまいち不明だったが、いかに彼女らが心配して、悲しみ嘆いていたか、全部私のせいだ、というようなことを叫んでいた。何度も何度も「くそ女」というようなことをいわれた。確かに親に電話をしたのは反則かも知れないけど、私が話したことは全て事実だ。それに何を言われようが用件はただ一つ。
「どうでもいいけどお金返しなさいよ」
彼は財布を取り出すと100ドル札を私に投げつけ頭から湯気が出そうなほど憤慨したままその場を立ち去った。後味はむちゃくちゃ悪かったけど、金の切れ目は縁の切れ目。ああいう人とは二度と会いたくないし、こんな経験も二度としたくない。