2001.10.22 更新

Beautiful planet

akiko の恋愛旅行記

 2、カンボジア(プノンペン) セックス&ドラッグシティ@ ひとりあいのり幕開け
J一に別れをつげ、だんだん旅モードになった私。

次に向かったのはカンボジアの首都プノンペンだ。



ガイドブックも地図も持たず、あるのは世界地図だけ。

そんな情報不足にもほどがある私がプノンペンにつくなり唖然としたのは、

ものすごい交通量、そして無法地帯だった。

多くの発展途上国がそうであるように、もちろん信号無視は当たり前。

さらにすごいのが車線無視。

片側だけ見て渡ろうとして、

ふとなんの気なしに逆を見るとものすごいスピードでバイクが走ってきたりした。

あぶねーなー、おい。

広い道路いっぱいにとぎれない車の洪水とバイクの轟音。



「一体どーやって渡んのよ!!!」

マジで。

ほんとに。

最高15分たたずんだこともある。





また、発展途上国のような国で避けられないのが「ダニ」被害。

私達のような安宿に泊まる身分の宿命である。



ダニ、もしくは南京虫のかゆみは蚊の比ではない。

かゆみは1週間以上続き、かきむしりすぎてリンパ液がでてきたりする。



わたしもどこで拾ってきたのか分からないが、

背中一面数え上げたらなんと30箇所以上の虫さされをうけていた。

湿疹のような赤い斑点が一面に広がる。

それも見事にわき腹から後ろ。

どう考えてもベッドかリュックにいるはずだ。



想像してほしい。

このつらさ。

痒み。

ほんとに気が狂いそうだ。

掻きだすと止まらない。

血がでようがなんだろうが、もうそんなことは構わなく掻きむしる。



この見えない敵との戦い。

やつらはおそらく5mm程度しかないはずだ。

私はその日着ていたもの以外リュックも含め全てを洗濯にだし、

殺虫スプレーを購入しベッドの隅から隅までかけまくった。

南京虫大虐殺。

部屋は一面スモ‐キーになり、こっちが死ぬかと思った。



このひどい虫さされのおかげでその時の仲間内で私のあだなは

「なんちゃん(南京虫だから)」となった。

簡単すぎる……。





だいたい日本人が泊まる宿というのは決まっているもの。

私は情報収集をするために世界中のバックパッカーが集るというプノンペンでは有名な安宿

「キャピタルホテル」に行ってみた。

一階がレストランになっている。

そこでテーブルを囲む5人の男達。

見渡すと日本人の女は私だけだ。

相変わらずさびしん坊だった私は

「うおー、日本人だ!うひょひょー」

とほんとはめちゃめちゃ気になってる反面

「日本人ってすぐつるむのよね。やーねー」

との思いもあり彼等の前を素通りした。





そのまま彼等に背中をむけて食事。

だがなにせ情報が全くない。

金のレートもわからん。

食事終わって精算したはいいけど一体いくら分の食事したのかもさっぱりわからん。



「やばいよやばいよー。

全然分かんないよー・・・・」

彼らに聞くしかない。

相変わらず知らない人に声をかけるのは恥ずかしかったが、意を決して後ろのテーブルへ向かう。





15秒後・・・・すっかり仲良しになり話しに花が咲く。



「なーんだ、話してみるとみんないい人じゃん。」

やっぱ日本人には日本人よねー、なんて都合のいいことを思いつつ、

さっきからなんとなく気になる男性。

カンボジア着3時間後、出会ってしまったK田氏。

(33)

彼は日本でお坊さんの修行をしつつ、でもカメラという媒体を通して人に何かを伝えたい、という人。



アンコールワットをとりたくてこの旅にきたという。

今の宿はどうも合わない、

と言う彼に私はしきりに自分の宿泊している宿のアピールをし移動するよう勧めた。

(ほんとに何しに来たんだろうあたし??)

その日は何事もなくさらりと別れたけど、その後彼の身にふりかかる災難によって、

私達は急速に近づくことになる。





カンボジア2日目、あいかわらず車の洪水、

一つの車線をあっちからもこっちからもバイクがいきかうスーパー無法地帯を、

今日も渡れないままひたすら道なりに歩いていた。



小さな小道を横断しようとしたそのとき、ものすごい衝撃を体左半分に受けた。



「!?」

一瞬何が起きたか分からなかった。

バイクがぶつかってきたのだ。

しかも3人乗り。

そんなに乗せてるもんだから、よけきれなかったんだ。



向こうも「あっ!」って顔してびっくりしてた。

そしてあわてて走り去る。

早い話しがあて逃げ。



怒りは全くなかった。

ただただ怖かった。

日本では事故や怪我とは無関係に平和に暮らしてきた私がバイクにあてられるなんて・・・。



そして次第に押し寄せる足の痛み。

体はまったく無傷だが、素足にサンダルだった足首をタイヤでおもいっきり擦られた。

皮がひどくめくれてるようだけど、汚れでよく分からない。



とにかくK田氏に会いたかった。

泣きたいほどショックだった。

痛む足をひきずり彼の泊まるホテルに行くと、すでにチェックアウトしたという。



「私の宿にきたんだ!」

降り出した雨の中、もう走りだしたい気分であわてて自分の宿に戻る。

ノックする。

ドアが開くと・・・彼だ!

うれしかった。

うれしかった。

うれしかった。

知らない異国で一人で事故に会い、不安で不安で仕方なかった私は彼の顔を見て心底うれしかった。

しかし、ただ“安心”という以外の気持ちはすでにあった。

そうでなければ彼でなくても誰でもいいはずだ。



けがしたことを伝えたら、すごくびっくりしていろいろ自分の持ってる薬を探してくれた。



照れ屋な私は自分の本心はいえず、「誰でもいいから会いたかったんだよねー」と

ごまかしてしまった。



翌日アンコールワットへ移動したけど、

人によっては「人生の憧れ」であるというアンコールワットを、私はわずか1日で出てきてしまった。

それもこれもK田氏に会いたい思いからだ。

この手のエネルギーだけは人一倍ある私だった。







プノンペンはセックス&ドラッグシティというタイトルどおり、

ドラッグ天国というか地獄というか(セックス編は後半で詳しく書く)、

この手の麻薬が割と簡単に手に入る。

私はここでジャンキーのり君と出会う。

彼はいつもサングラスをかけ、日本を出てからはや数年経っているらしいが、この町で薬にはまっていた。

私は薬のことはよく分からないが、ヘロイン、コカイン、LSDと何でもやっているようだ。

それらを混合して飲んだりもしていた。



といっても別に、いつも目の下にクマを作っているとか、

腕が注射の跡だらけとか、薬が切れると暴れだすとかそんなことは一切ない。

むしろ彼は、物静かで頭のよさそうな好青年だった。

問題があるとすれば、錠剤は飲み込むよりも砕いて歯茎などの粘膜にすりこんだ方が効きが早いため、

彼の歯茎は薬のやりすぎでただれ、辛いものを食べると死ぬと言っていた。

それくらいかな。





この町ではケミカル、つまり化学系のドラッグが簡単にかつ安く手にはいる。

日本の10分の1くらいの値段しかしない。

私とK田氏はなんと、このドラッグに手を出してしまった。

深い意味はない。

やったことがないものは試してみるだけだ。

私の理由はいつだってそれしかない。



ところがK田氏は違った。

自分を変えたいと言っていた。

自分の中のもう一人の自分に会いたいと。

ドラッグをやるとよく“幻覚”を見ると言う。

感覚が冴えるという。

だからよくミュージシャンや役者がこの“魔薬”にすがり、そして溺れてゆく。



最初にやったのは彼だった。

ほんとにこれがそんな作用をもたらすのかと思うような普通の白い錠剤である。

場所はプノンペンの有名なクラブ。

大音響で響くテクノ。

クラブになんて行ったことのない私はあまりの騒々しさに頭が痛くなった。



10分ほど経つ。

最初はなんともなかった彼の様子が次第におかしくなってきた。

がっくりと体の力が抜けてうなだれている。

酔っ払いのようだ。

「だいじょうぶー??!」鳴り響く音楽にほとんど声は掻き消されるが、耳元でどなる。

すると彼は苦しそうに喘ぎながらも小さな声でつぶやいた。



「何もしないから・・・そばにいて・・・」。





異常を感じた私はフロアで踊っていた仲間たちを呼んだ。

彼はホテルに連れて帰られたが、その夜中、私の部屋を訪ねてきた。



ドアがドンドンドン!と激しくノックされる。

あけると彼がいた、が何か様子がおかしい。

相変わらず息が荒い。

何かに怯え耐えているようだ。

とりあえず部屋にいれると彼は言った。



「ここにいていい・・・?恐いんだ・・・」

何かが追ってくるという。

ものすごいスピードで。

恐怖でガタガタ震えていた。

私は彼をベッドに寝かせ、一晩中抱きしめていた。





翌朝、やっと少しおちつくと、彼はぽつりぽつりと話し出した。



彼はお経を読む。

夕べは自分がどうなってしまうのか恐くて見えない何かと闘うために必死でお経を唱えていたという。

しかし、自分がちょっとさわりを口にすると物凄いスピードでそれが文字となって流れていったという。

暗闇が恐い。

何かが追いかけてくると言っていた。何かは分からないがとても恐ろしいもの。



そして、誰かが自分にこう言った。

お前が思ってる以上にお前は彼女のことが好きなんだ、と。

だから気が付いた。

だから私の部屋に来た、私以外は考えられなかったと言った。



結局これがきっかけで私と彼とは結ばれたが、思えば彼と出会ったとき、

「どんな手段でもいい、手に入れたい」そう思った自分を思い出した。

まんまと願いがかなってしまったことが少し恐かった。

手に入れた、と思った自分が恐かった。





さて、彼の恐怖体験のあと、私もいてもたってもいられなくなり、薬を試してみたくなった。

彼は本気で止めた。

本当に本当に恐ろしい思いをしたという。

立ち直れなくなるかもしれなかったと。

それでも私は試さずにはいられなかった。

私は大丈夫。

私なら大丈夫。

ところがここからが大変だった。







K田氏が思った以上の反応を示してしまったため、私は半錠だけ飲むことにした。

エクスタシーの「バツ」というものだ。

1500円ほどだった。

薬をやっている時はテクノやトランスなどの音楽が気持ちいいという。

私達はまたまた有名クラブへ行く。

中は満員で皆が薬できまっており、頭を振り乱して踊り狂っていた。

薬を飲んでもしばらくは何も変化がない。

K田氏はすぐに現れたのに。

やっぱり半分じゃダメか?そう思ったときだった。

薬を飲んで約15分後。

体中の皮膚がぴりぴりと麻痺してきた。

鼓膜の奥まで感覚がなくなってきて、これだけうるさい音楽なのにだんだんと遠のいていく・・・。

立ちくらみや、貧血を起こすときのような状態だ。

周りから、全てのものから遮断される。



椅子に座っていたがだんだんと感覚がなくなる。

空中に浮いているのか、座っているのかさえ分からなくなってきた。自分の体が支えきれない。

倒れてしまいそうだった。

私はK田氏にもう宿へ帰りたいことを告げる。

ろれつも少しおかしい。

彼も私の異常に気づく。

すぐに私達は宿まで帰った。





頭は異常に冴えていた。

自分の体に起こっている変化を実況中継できた。

K田氏に

「すごいんらよー(すごいんだよー)!すごいんらよー」

と回らぬ舌で繰り返す。

思えばちょっとおかしかった。

ベッドに横になり、ピリピリと麻痺しつづける自分の体の感覚を楽しんでいた。



「気持ちいー。

うふふ」

気持ち良かった。

宇宙を漂っていた。



これならまたやってもいーなー。

なんて思ってたら、ものすごくおかしくて楽しくなってきた。

ここから、脳の神経がおそらく麻痺してきたんだと思う。



“楽しい”と口に出すだけで、物凄く楽しくて楽しくてたまらなくなった。

ベッドからぴょんぴょん飛び跳ねて「楽しーー!!!」と笑う。

そんな自分が変だと思うと今度はおかしくって、

“おかしい”と思うともうお腹が痛くなるほど大笑いした。

狂ってる人のようだった。

私はしゃべり続けた、ひたすらしゃべる。

すると私の意思とは無関係にその言葉に“感情”が反応した。

なにか質問をすると、頭で考える前に感情が先に反応した。



「誰々すき?」と自分で訪ねふっと脳を働かそうとする前に泣きたくなって、

ものすごく悲しい気持ちになる。

「そうか、そうか、嫌いなんだね、やなんだね、そうだよね」と自分で慰める。

逆に自分では考えもしなかった質問に「うきーっ!うん!大好き!」

とまるで小さい子供のように、顔をくしゃくしゃにしてうなづいた。

完全に幼児化していた。

しかし、こんな私を冷静に見ている自分もいた。

私はこの感覚と精神が分離しているのが楽しくて、鏡を持ち出し、

自分の顔をみながら、質問しては自分で答えるというひとりこっくりさんをしていた。

いい機会なので、いろいろと質問していた。

これくらい自分を眺める余裕があったということだ。

最初は。



しかし、だんだんとバランスが崩れてきた。

脳を使う、つまり理性を使うことを感情が拒否してきた。

自分で考えようとすると、肩で息をするほど動悸がはげしくなり、

胸が苦しく、泣き出しそうになった。

考えることをやめるととたんにふっと楽になる。

理性が壊されようとしていた。



本能のまま、感情のままの私になる。

これがいわゆる薬をやった人のいう“本当の自分”“もう一人の自分”なのか。

しかし、これはあくまで麻薬によって引き出された人格だ。

果たして本物なのか幻覚なのかいまいち判断しかねた。

どちらにしろ、もう一人の私は“私”ではなかった。



鏡を覗くと、目が大きく見開かれ、いやに白目がぎょろぎょろと目立ち、

瞳孔の部分が凝縮して小さくなり、それは・・・・人間の目ではなかった。

私は恐くなった。

鏡を見ると違う自分がいる。

話かけるとケラケラ笑う。

もう一人の私はひどく攻撃的な人間だった。

K田氏に向かって「あんたなんかいらないのよ、バーカ。

ククク」と笑い続けた。

そして言う。



「私は私であればいい。私一人がいればいい。」

もともと自己中でナルシストなことは認めるが枠の外れた私はこれに輪をかけてすごかった。





普通、この“エクスタシー”は人に触ってもらったりすると、

とても感じやすくなっているのでエッチすると盛り上がるらしいが、

お陰さまで私はそれどころじゃなかった。

K田氏に嫌悪感を覚え、「触るな!」と罵った。



私を汚す男が心の底から憎かった。



自分で自分の腕や、足を触っているのがとても気持ち良い。

自分の存在を感じる。

自分の肉体が愛しくて愛しくてたまらない。

うれしくて笑いがとまらなかった。



「わたしの腕、わたしの骨。

うふふ・・・・」

もう完全にホラーの世界である。



「あっこちゃんあっこちゃんあっこちゃん・・・・!」

自分で自分の名を呼び、体をぎゅーっと抱きしめる。

私の中の“私”がうれしくて悲鳴をあげそうなほど喜こんでいた。

あたしってやっぱり自分のことが大好きなんだ。

薬の幻覚とはいえ、あらためてそう感じた。



言葉は後から後から出てきた。

口が止まらなかった。



「言葉は宇宙。言葉は魂。」

もともと私は活字が好きだ。

自分が影響されたり、自分を表現したりするのは、こうした言葉や活字だ。

頭の中に次から次へと活字が舞い降りてきた。

それを読んでいる感じだった。

「われわれは」とか「おまえは」とか、何か宇宙との交信めいたことを話していた。



私は思った。

世界中の、宇宙人と交信をしたとか、宇宙人をみたといってる人はただ単に薬をやってるだけだ。

世界の著名な詩人も誰と誰が薬をやってるか、

どの作品がそうして作られたものか、とたんに頭に浮かんだ。

なーんだ、そうだったのか。

だからあんなへんな言葉だったんだ。

しらふの時にはさっぱり意味不明だった彼らの言葉が、そのときはものすごく理解できた。





この状態はなんと翌々日の朝まで続いた。

私の尋常でない様子を聞き、見舞いに訪れたのり君も驚いていた。

彼の長いドラッグ歴で私のような効き方をした人はいないという。

珍しいと言っていた。

とにかく、ケミカルはもうやめたほうがいいと。

たしかにそうだ。

あんなもん、そうそうやってたら自分が破壊される。

実際それからしばらくは、ちょっと気を許すとすぐにもう一人の自分がでてきた。

突然笑いがこみ上げてきたり、鏡をみると鏡の中の“私”の目に吸い込まれ、またぼーっとしていた。

その時の目は決まってあの、悪魔の目だった。



いつも思考を自分に集中させていた。

心臓がどきどき苦しくなったけど、“私”に連れていかれないようにがんばった。

私であるために、もとの世界に帰って来る為にがんばった。





薬が抜けた後の私の体はぼろぼろだった。

内臓をやられていたのでひどい下痢、腕には赤くジンマシン、38℃の高熱、吐き気。

水を飲むだけでも吐いた。

2日間寝込んだ。



体験自体は楽しかったが、自分をコントロールできるか自信がない。

それに体があんなに悲鳴をあげていたのに気づけなかった。

体が拒否している。

ごめんね、もうやらないよ。

ケミカルは懲り懲りだった。

しかし、「人って壊れるんだ」と身をもって感じた瞬間だった。

薬は恐い。

人間じゃなくなる。

まあ、私はいい経験だったと思ってるけどね。







さて、私とK田氏はこういった極めて不健康ななれ初めで結ばれたわけだが、

そんなラブラブ状態も長くは続かなかった。

なぜなら私達は旅人。

いずれは別れる運命。

そしてさらなる問題として、私には日本においてきた彼氏がいたという世間で言う、

いわゆる「最低」の女だったのである。





k田さんには、彼氏の存在は伝えた。

なぜ伝えたのかは分からないけど・・・。

それはきっと私の罪悪感のため。

罪は告白したほうが楽になる。

告白された相手の気持ちなんて全然考えずに・・・。



それでも私達は別れられずにけんかを繰り返しながらも、

なにをするでもなく3週間もの間、一つの町に居続けた。

動かなきゃ。

動かなきゃ。

毎日そう考えていたが私の方から切り出した。



「ベトナムへ行く。」

彼も「俺は北に行って写真をとる」

2人は決してお互いを妥協することはなかった。

あー、これでおしまいかあ・・。





ところが・・・私の出発の前日、2人で食事をしていたらいきなり彼がすくっと立ちあがり、

「俺、ベトナム行く!」

「へ??」

「あとから追いつくよ」

そしておもむろにホテルのカウンターへ向かい、ビザの手配もろもろのことをし始めた。

半分一人モードになりつつあった私はややびっくり。



「まじで…?」

このまま2人でいることがいいことなのか。

いやいや、遅かれ早かれ、別れなければならないのは分かっていた。

現実問題として旅の予算もかなり違っていた。

悩んだ。

彼も衝動的にビザの手配をしたものの悩んでいたはず。



「12日の12時にシンカフェで。」

ベトナム、ホーチミンでは有名なカフェで落ち合う約束をした。

これでいいのかまだ悩んでいた私は、

「もし、12時きっかりにその場所にいなかったら、もうどこか他の町へいったと思ってください。」

と、そんなスーパーわがままな条件つきで、複雑な気持ちを抱えつつ、一足先にベトナムへと旅立った。
There is my man, there is my territory.

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