ラオスには、もともと興味はなかった。バンコクへ戻るための通り道。
その程度に考えていた。
国境からサワンナケートへついたのは午後8時すぎ。
知らない町へ夜につくのは、あまりいいことじゃない。
やたらと広いけど、活気のないうす暗いバスステーション。
とにかく疲れた。ほんとに疲れた。
疲労こんぱいしていた私はとりあえず宿探しに歩く。
メコン川の流れる町。対岸を見ておもわず立ち止まった。
タイだ。
対岸にあふれる無数のネオン。
そうか、この川を挟んでタイなんだ。
なにもなく、さびれたラオスと比べ、対岸のタイの華やかなネオン、ビルの明かり、
懐かしくて、ほんとに涙が出そうになった。
早く帰りたいよー…。
もはやタイは、ただの安い国ではなく東南アジアを一周してきた私にとっては
心の故郷となっていた。
船でわたれば、30分でそこはタイ。
ベトナム〜ラオス間の地獄の国境越えに比べ、なんと簡単なこと。
翌日にでも、速攻出国してしまえばいいものを
私はその町にだらだら1週間も居続けた。なぜか?
K田氏である。
全く……。
国境越えの一件で精神的に参ってたんだろう。むしょうに彼に会いたかった。
あんなに大切な人をおいてくるなんて!
とりかえしのつかない事をしてしまったと思った。
彼がこの町を経由してラオス北部へ向かうのを知っており、近い内に必ず来るはず、
と信じアホな私は毎日毎日犬のように、
バスステーションでベトナムからくるバスを待ち続けた。
彼は来ず、その代わり毎日違う日本人が降りてきた。
見知らぬ土地で私を頼ってくる彼らを、私はそのたびにどこか適当な宿へ案内し、
まるで現地ツアーガイドのようになっていた。
思えばこのころ、精神的に一番参ってたなー。
起きてるといろいろ考えて辛いので、とにかく寝てばかりいた気がする。
そしてよく母親の夢をみた。それだけで救われた日々だった。
なんだかんだいって、親って偉大なんだなー、なんて感じた。
結局1週間のビザが切れるぎりぎりまでいたんだけど、彼は現れず、私はタイへ渡る船に乗った。
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